伊 予 弁

07年4月のある日、愛媛新聞社の担当H氏から電話が。

「あの〜、アライグマさん、実は伊予弁ってコーナーがあるんですけど、半年間書いてくれませんか?」
「編集せんと載せてくれるん?」
「えぇ、そうです。」
「じゃぁ、お受けします。言いたいこと書きますよ、覚悟してくださいね フフフ」

そんなやりとりの後、「文章の神様」(危)と付き合いながら、そして字数制限と締め切りに悩みつつ、全6回書かせて頂きました。

いかにもアライグマが言いそうなことばっかり(w

ここでは、自分のファイルからコピペしているので、実際に掲載されたものとは若干文字が違っている箇所があります。
なんか、新聞業界の決まりで、ひらがな表記になっちゃったりする言葉もあるのですが、まぁ特別に「初回原稿」テイストで読んで下さい。


ではでは・
ここへ迷い込んだ人に、特別に解説(裏話)付きでお送りいたします。

はじまりはじまり〜〜

第1回「家族の時間」


我が家では、自宅で消費する分のお茶を、毎年自分たちの手で作っている。

自宅裏の山の斜面に野良這いになっている木から、一枚ずつ葉を摘む作業は家族全員で行う。七厘の上で炒り、私の大きな手で揉んだ茶葉は、娘達がござの上に広げる。日光とそよ風で表面が乾けば、また皆で揉んで広げる。体重を掛けて揉むので、かなりの体力勝負である。

単純作業の連続なので、退屈にならないかとも思うが、娘達は楽しそうに話したり歌ったりしながら、私達と一日を共に過ごす。

茶作りは入梅前の恒例行事となっていて、小学校でも行うので、娘達の技術も少しずつではあるが向上している。平日には私が一人で作業をし、やっとの思いで一年分を作り上げると、娘達は「またこれで次の春まで山のお茶が飲める」と嬉しそうな顔をする。

家族のあり方が問われている昨今だが、現代の家族は個人の時間を重視しすぎて、家族全員で目的を持って時間を共有するという事が少ないのではないかと思う。協力して達成する喜びを、家庭の中で積み重ねていくことが「絆」の元になるのでは無いだろうか。

時間は与えられる物では無く、自ら作り出すもの。親である人は、今一度子供達の為に時間を作り、活用して欲しい。それで得られるものは、決して学校では習得できない大事な「家族の時間」なのだから。


みなさんお馴染みの(w

毎年怒涛の5月をこうして茶作りに終始しておるわけです。
なんだかやたらと忙しい。でも充実してる。

腰から背中から悲鳴を上げ続け、でもやらずにいられない。
しまいにゃ夢にまで出てくるお茶。

でも、ぼの氏や子供たちが
「このお茶飲んだら、ペットボトルで売りよるお茶なんか、味が薄くていやじゃ」
と言ってくれるその言葉が嬉しい^^
こんなネタを持ってる私はヒジョーに幸せモノです。

子供たちは、そのうち私の技術をしっかり覚えることでしょう。
私が茶を作れなくなる頃には、この土地にしっかり茶畑ができていますように。
私の子や孫が、この土地のお茶を楽しんで飲めますように・・・。

「家族の時間」が、いつまでも心の中に残りますように・・・。

第2回「不法投棄」


先日、大保木地区で行われた県道の清掃活動に家族で参加してきた。これは毎年石鎚山のお山開きの前に、地域住民の手によって行われているものである。   

道路の縁にはあらゆるゴミが落ちている。空き缶、タバコの吸殻、家庭ゴミ、中には産業廃棄物や家電もある。

側溝の中や側壁の後ろ側に隠してあるゴミも、徹底的に拾う。私たちが集めただけでも軽トラ一台分ほどになるのだから、全線での量はかなりのものだろう。

私が情けないと思うのは、これらのゴミは「いい年をした大人が意図的に捨てている」と言うことだ。

自分が出したゴミは、自分の手で適切に処理をするという、当たり前の公共マナーが守れない大人は、他人に尻拭いをさせ、更に余分な処理費用をかけさせるという税金の無駄遣いまでしている。

自分の所有地ではない場所は、全て誰か別の人の所有地か、公共の場所なのだ。誰かが掃除するだろうなんて甘い考えでゴミを放置して帰る人々には、正直言って呆れる。

大人は、子供の将来に負の財産を残してはならない。マナーとか道徳心とかいう社会的な行動精神を残すために、今大人がしなければならないのは、子供たちに、「残念ながら存在する真実」を見せ、「より良き行い」を共にして、一緒に考えていくことだと思う。

ゴミ拾いは、その一例だ。


んも〜、ほんとスゴいんだから。このゴミ。

「旅の恥は掻き捨て」なんて、誰が言ったの?コンビニゴミの多いこと!!!
それ全部開けて、燃えるごみと燃えないごみと分けてんのよ、この地域のお年寄りたちが総出で!
その光景見たら2度と捨てられないよ、きっと。

他にも、ちょっと調べれば元の所有者わかるんじゃないのってゴミでしょ、それとか釣具店で買ってきてすぐに使ったであろう竿の入れ物でしょ、他いろいろ。
あと、「子猫でも捨てたわけ?」って段ボール箱。これが許せない。そんなとこ捨てたらすぐに死ぬやん。
・・・・・

全部「オトナ」がやってるんです。「無責任なオトナ」が意図的に。

そんなのはほんの一握りだとわかっていても、子供に見せずにはいられない。
公と私の区別をつけられないなんて。
ヨーロッパじゃ物心ついたときから仕込まれることなのに。

恥をさらす事 とは、日本人が一番忌み嫌うものではなかったのかぃ?

オカシイ日本の一部。でも現実。
美しきわが国の武士道とか、、、どこ行ったんや〜!!

そう思いながら、子供たちとゴミを集めて回っているというお話でした。

第3回「謙虚な姿勢」


人里離れた山奥の我が家にも、配置薬の救急箱がある。現在担当のYさんは、我が家での売り上げが少なくても笑顔で対応し、嫌な顔一つしない。今時珍しい程に謙虚で爽やかだ。

その所作は彼の人柄から出るものなのか?実は徹底した社員教育の賜物か?私は以前接客業をしていたので、誰が来てもそういった視線で仕事ぶりを観察するのだが、Yさんの言葉にはわざとらしさがない。

接客のプロは、マニュアル以外に自分なりの感性や言葉を持ち、心を込めてそれを使うことで、相手を動かす事ができるものだと私は思っている。

Yさんは私と同年齢だが、すでにそれが自然体でできるプロだと思う。しかし本人にそう指摘しても、更に控え目に「いえ、まだまだ勉強中ですから」なんて答えが低姿勢で返ってくる。

あらゆる場面で、こういった謙虚な姿勢は学びのチャンスを決して逃さない。例えば、無償の母親業でさえ、プロ意識と、謙虚な心を持ってすれば、子供から学び、得るものは多いのだ。

人と接する仕事という意味では、行政も教育機関も接客業。それに対してプロ意識が低い人というのは、労働に対する報酬が己の仕事ありきだとふんぞり返っていて、学ぶ意欲も感謝の心も見られない。そういった職種の人達も、ぜひYさんのような接客のプロを目指して仕事に当たって頂きたいものだ。


来た!F薬品(w

実はこの文章はF薬品の地域統括の目に留まり、そこの社内報に転載されたという(w

しっかしいいなぁ、Yさんは。話すたびにこちらが癒される。大好きなキャラだ。

なんせこの人は、「今回はほとんど使ってないねぇ、遠いとこ朝一番にきてもらってんのに、なんか悪いね」と言うと、「それだけ病気しなかったってことじゃないですか、良かったですよ〜」とまるで自分の親戚にでも言うかのように爽やかに笑いながら言うのだ。

アラ母の所にも行っているが、「なんか、ほんまに商売考えとんかって突っ込んでしまいたくなる」とお墨付きを得ている。

客の立場に立った営業ができる男、それがYさんなのだ。
珍しいぞ、この毒舌アライグマ母娘が人を褒めたぞ!(w

なお、一発目の手書き原稿には、
「人を動かすもの、それは最終的に人の心でしかないのだ」
「その労働に対する報酬は、会社やオカミから出ているのではなく、エンドユーザー(客)が納得して支払って、あるいは税金を払う市民がいて初めて手に入るのだが、そのことを忘れてしまった人達も多いようだ」

という文章がありましたが、これもおさめきれずにカット。いやいや、もっとカットされたのがあるが(殴
いや〜ね、文章力の無さが出てしまって^^;

ちなみに ・・・なぜこの文章を書いたのか。
それは、「ふんぞり返っている連中」が身近にいて、ヲィ!と思っていたからだ。そしてYさんの人柄があまりにも「謙虚」の一言で表されていたから。その対比が自分の中でコラボして(殴)

自分自身もね〜・もっともっと謙虚に生きていかねばという反省もこめて。
感謝 for Yさん!

第4回「命を守る」


私達が住んでいる西条市黒瀬地区は、三年前の台風で、多くの被害と二名の犠牲者が出た。

当事者にならないと見えてこない物を、内側から世に発信してみようと思った私は、当日から写真を撮って歩き、すぐにホームページを立ち上げた。それを見た人達から受けた激励や援助、そしてそのすばやい行動力には心打たれ、私達家族は大いに励まされた。

当時、行政側が取った対応は後手に回ったものばかりだったが、誰にとっても未経験の災害だったのだから仕方が無かったのだろう。

そしてその後、防災サミット等の企画が始まるのだが、現在すでに災害の恐ろしさを忘れ、他人事だと思っている市民の心には届いていないようにも見える。

私達は、今年も台風が来るたびに、早めに自主避難をしている。それは他でもない、自分の家族を守るには他に方法が無いと言う事を、三年前に嫌と言うほど思い知っているからだ。  

行政が本当に恐れなければならないのは、このような元被災者からの個人的な暴露話ではなく、むしろ一般市民の「非常時に対する無関心」ではないだろうか。

最終的に命を守るのは各々の知識や自覚、そして状況判断にかかっている。行政が市民の安全を守る為に今一度すべきことは、無関心な人を一人でも減らす事なのではないかと思う。 

もう二度と、台風等で尊い命が失われることの無いように、と願ってやまない。


9月が来るたび・台風がくるたび思い出す、あの日の出来事。
ずっと見てた人は、充分知ってくれていると思う。

なんと言っても、「無力感」
そして言葉にならない焦燥感と、目の前の現実。この私でさえ冗談を言えなくなるほどの光景。
でも、忘れちゃいけないんだよね。せっかくここに住んで、ここで出会った現実。

どこかの誰かに見てもらって、ほんの少しでもいいから、その心の中の何かを変えるきっかけになればと思って立ち上げた「仮設事務所」は自分自身の人生の貴重な記録にもなりました。

第5回「賢明に見守る」


「悪い教育者」は、自分がどんなに骨を折っているかということを見せたがる。その目的は「責任逃れ」だ。

今読んでいるアドラー心理学の本に、そんなことが書いてあった。子供が失敗することを過度に恐れる親は、情熱的にお節介を焼き、「あなたのためだから」と親の価値観を上から押し付けて悦に入り、問題が起こると「あれだけ言ったのに」と知らん顔を決め込んで責任逃れをする、という訳だ。

私は、完璧な親なんてどこにもいないと常々思っているが、より良き環境を我が子に提供しようと慮る事は親の務めだと考えている。

そして、人生の先輩という少し違った目線で子供の成長を「賢明に見守る」ことをし、あとは生きる時間を精一杯楽しむ親の背中を見せてやりたいと思う。

それを実行し続けるならば、子供は環境や良心に応じて自らの判断基準を作りつつ、それなりに育っていくのではないだろうか。

最終的に親というのは、何かあった時には出て行って、責任の取り方というものを子供たちに真正面から見せるという仕事から逃げなければ良い、と言うのが私なりの「親道」だ。

周りを「悪い教育者」に囲まれた子供は、その伸びやかな感性や、輝かしい無限の可能性の芽を摘み取られてしまいかねない。

本当に子供を思うなら、「賢明に見守る目」を向け、未来を信じて成長をじっと待ってやるべきだと思う。


見る人によってはわかっちゃうんだよねー、なんで私がこれ書いたか(w

責任逃ればっかり考えてる賢明じゃない人に、子供の人生の1ページをゴリゴリと踏まれたからですよ!と声を大にして言いたかったのと、それを踏まえて「アドラー心理学の基礎」を読んで、「反面教師をもって勉強することも多いわけで・アハ」と謙虚に思ったこともアリでして。


「賢明に見守る」
難しいけど、やる価値はあるんです。ロングスパンで見るってーのは。
だからその、自分の立場を逆に利用して、たった一言を取り上げてぐちゃぐちゃとシツコク言うみたいな教育法は子供をひねくれさせる以外何も無いわけですよ!!!わかった?あんた!(w

人から素直さを取り上げる言葉は、単なる自己満足と責任逃れからひねり出すものでしかない。
そのことを、私は件の反面教師から十二分に教わった。

手書きの初回原稿には、「あ〜、いるいる、そういう人!と思いつつ、親という教育者でもある自分の事を省みる」という文章がありました。(字数の都合でカットした)
でもね、まぁ、人の振り見て我が振り直せってやつで(殴

反省しない人は、親になる資格は無いと、アドラー先生も仰ってる(w ので、
反省反省。謙虚に反省。毎日が反省の日々です。


これは親子の関係で表現しているけれども、会社の中・家庭の夫婦間・指導するものとされるものの関係において全て共通する考え方なのであります。


「見守る力」それは、何よりも「育てる力」「育ちを待つ力」なのです。
私も、獲得したいです。


・・・「慮る」は、「おもんぱかる」と平仮名で書かれると、「???」な感じが。

第6回「夫婦の時間」


最近、とても楽しみにしていることがある。それは、夫と話をすることだ。

薪ストーブで温まった部屋の中。子供たちが寝てしまってから、夫婦の時間が訪れる。大好きな曲を流し、夫は葉巻に火を点ける。

普段は穏やかで無口な夫だが、話したいことは山ほどあるらしい。葉巻タイムには、ぽつぽつと自分の人生観を語ってくれる。

生まれ育った環境も、性格も全く正反対の私たち夫婦。最初から上手くいくはずなど無い。喧嘩ばかりの時期もあり、離婚していないのが不思議なくらいだと思っていたが、三人の子供たちの成長と同じ早さで、自分たちも人間として少しは成長したものか、意見の相違があっても、話し合いだけで解決できるようになってきた。

昔から、子は鎹と言うが、子供がいるかどうかで夫婦の価値が決まる訳ではない。

「まず、夫婦ありき。」

私たちは、金の為、子の為、家の名の為なんて言い訳は持ち合わせていない。あくまでも、夫婦がきちんと理解しあおうと努力するのが大前提。それだけは避けずに来て、今やっと夫婦として互いを一番の理解者だと、心から思えるようになってきた。

夫の夢は、この山の中の一軒屋で私と年をとることだと言う。それまでには、まだいくつも喧嘩するかもしれないけどね、と思いながらも、とても幸せな気持ちにしてもらっている。


ほんま、よ〜喧嘩したわ(殴)
でも、別れたいからしたんじゃないのね、理解したくて苦しくて喧嘩になっちゃったって感じ?(w

あの頃は・・・
The Blue Heartsの「Too Match Pain」って曲、泣きながら聴いてた。
「それぞれの痛みを抱いたまま 僕ら必死で分かり合おうとしてた 歯軋りをしながら」
もう、そのフレーズで毎回号泣。

うちらには、そんなこともあったんです(イマジャワライバナシ)

でも、それがあるから今があり、きっと未来へ続いている。

葉巻の煙が漂うのを眺めながら、おバカな過去を反省してみたりしてねぇ。

うーーんと広い意味で捉えれば、戦争も同じなのね。
民族や宗教、経済なんかが発端となって、国民を巻き込んで戦争をする。
そして罪も無い子供たちが涙する。オトナの都合で。

・・・もっと、互いを理解し、受け入れようとする努力が必要なんじゃないのかなぁ。
世界中でみんながそう思えばいいだけのこと。
そうしたら、戦争は起こらない。


ストーブのそばで、私たちはそんなハナシをしているんです。

ここに転載するにあたり、愛媛新聞社には許可を取ってあります。でも、著作権上、 ここからは無断で持ち出さないで下さいね〜。
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